2017年4月22日土曜日

ポルノグラフィティ's ヒストリー chapter.0「前置きと目次」






これから何回かに分けてポルノグラフィティのヒストリーを書いていきたいと思います。


久しぶりに「ですます調」で書くと新鮮ですね。


古き良きテキストサイト風で書いていきます。


今回はどうでもいい前置きと目次です。




どうでもいい前書き




そもそも、

なんで突然思い立ったかというとですよ。



僕はギリギリ、テキストサイトを見て育った世代なんですが、その中でオアシスのヒストリーを書いてるサイトさんがあってですね。




そのヒストリーがすこぶる面白くてですね。



今でも定期的に読み返してるんですよ。


もう全部覚えてるのに。



これはあれですね。



「水曜どうでしょう」を何回も見返してしまう心理と近いものがあります。




もっと端的にいえば、




病気です。



いや、




中毒です。



とにかく、そんなこんながありまして、先日久しぶりに30回目くらいを読み返してるときに、




これポルノで書きたい。



と思ったわけです。



ということで古き良きテキストサイトをパクり参考にしてポルノグラフィティのヒストリーを書いていこうと思います。

もうブログという文化すら衰退しているのに、2017年に僕は何をやってるのでしょうか。


ということで以下に目次を随時足していきたいと思います。



目次



chapter.1「因島」
chapter.2「NO SCORE(ノー・スコア)結成」
chapter.3「ポルノグラフィティの誕生」
chapter.4「大阪での活動」
chapter.5「いざ、メジャーデビューへ」







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ポルノグラフィティ新藤晴一のカフェイン11レポ 2017.4.17放送分 ライナーノーツ読みます?





混ざると紛らわしいので自分のは赤字にしました。



ポルノグラフィティ新藤晴一のカフェイン11レポ 2017.4.17放送分



オープニングトーク



東京の桜は散ってしまった。

東京は寒い日が続いた。
それは太陽の活動が弱まっていて、黒点がない日が多くなってきている。ミニ氷河期を迎える可能性がある。

そういえば温暖化は嘘でこれから氷河期が一気にくるという都市伝説があるね。

13年で60%の活動になって、これはビジネスチャンスも生まれるかも。



1曲目"オレ、天使"




浅田真央の引退




浅田真央ちゃんが引退。

東京新聞の社説では良寛和尚の「散る桜 残る桜も 散る桜」が使われた。
枝に残ってる桜もいずれ散ってしまう桜だということ。

スポーツ選手の散り際(去り方)を見ていると、人生の縮図のよう。

音楽ではスパイダースのかまやつさんが一世を風靡した、それが次の世代が表れてということを繰り返してきた。
そこから今週生まれるバンドもあれば、まさに今初めてギターを持とうとしている人にも繋がっていく。



2曲目"ひとひら"



イースターとカープ




昨日はイースター。

最近凄く推しているよね。
うさぎ好きの僕は嬉しいが、あまりに多くなってきて戸惑っている。


イースターは商業価値が高まっている。

キリストの復活を祝う日を俺たちが盛り上がってていいのか。
ハロウィンもそうだよね。

海外に行って仏閣や教会などの宗教施設に観光に来るのは日本人ばかり。それは日本人が宗教に寛容だから。
「でも、京都行ったら外国人いっぱいおるよね?」


コーナー: カープ通信

カープは好調。カープが強い。ピッチャーの菅野の調子が良い。
6回で弱ったけど、それでも普通の投手の絶好調くらい。


メール:開幕2日目を見てきた。5時間30分の長い試合。四球が28という試合だった。

ストライクゾーンどんどん狭まっていったのかね。



3曲目"Report 21"











月刊 音話



洋楽のCDに入っているライナーノーツを読みますか?
最近ライナーノーツのボリュームが減っているそう。

晴一さんはちゃんとライナーノーツを読むそう。でもネットで仕入れた知識もそれなりにあるので難しい。

晴一さんはネットで買った時の困ることは演奏者がわからないこと。
確かに自分も結構興味持ってるところだから演奏者は気になる。

そしてライナーノーツは曲にまつわるエピソードも載っているので、読むと曲に対しての見方が変わることもある。

問題はいくつかあると思うんだけど、そもそもCDが売れてないということと、洋楽CDは尚更さらに売れなくなってきている。
僕は昔は絶対国内盤を買ってたけど、今買うとしたら輸入盤ばかり。

なぜかというと、CDを売る為にDVDとかの付加価値を付けて国内盤の値段が上がってるんだよね。それは日本のにも言えるんだけど。
まぁ長くなるから、別記事でも書くか。


コーナー:月刊 音話


メール: 台湾ライヴ2日間参戦した。前から疑問に思ってたのですが、イヤモニしていると客席の声はどれくらい聞こえているものなんですか?

昔は耳鼻科に行ってちゃん
と耳の型を取って、完璧な耳栓を創ることから始まる。その耳栓にクリアな音を流してもらうのがイヤモニの役割。
声を聴きたいヴォーカリストは片耳取ったりすると本来はイヤモニの役目を果たせてない。

ポルノは曲の終盤で客側のマイクの音を上げてくれるのでライヴDVDの音のようにしてくれてる。

ほぉー!勉強になる!


4曲目"グァバジュース"



今浪君の持ってくるニュース




イギリスで恋人募集中の人が下半身だけを見て恋人候補を決めて行くという番組が。最後の1人でようやく顔が見える。

今浪くんよくこんなニュース拾ってくるな。
もうこれを見つけてきた今浪くん含めみんなアホなんじゃないかと思えてきた。これが通った企画会議の様子のドキュメンタリーこそ見てみたい。

バイセクシャルの人にはちゃんと男女が半分半分あるそう。

下半身の裸ではなく、まだ服来てる下半身の方が人と成りが読めそう。



コーナー: もっと面白い話ないん?


メール : 本名オノミチコさん。昨年結婚して名字が変わって(小野)「尾道の申し子」みたいになってしまった。


「日本太郎」みたいなものだね。尾道来たらきっと仕事あるよ。
小学生の時に「ミホ」という名字の男の先生がいたから「ミホ」という名前の人と結婚したら「ミホミホ」になるねとアホな会話をしてた。


5曲目"777" THE野党



では今週も閉店です。









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2017年4月21日金曜日

尊敬してるドラマー~その1「 ピエール中野(凛として時雨)」








とうとうドラムまでシリーズにしてしまった。


ドラムはバンドの要である。

しかしながらリズム隊はなかなか陽の目を浴びることはない。
ところが中には圧倒的な個性によりそのキャラクターを築き上げる人たちもいる。

分りやすい例を挙げるとXJAPANのYOSHIKIさんなんてまさにそうだろう。

そして、今回はドラマーの枠を越えまくり、活躍の場を広げまくっているこの人。


ピエール中野 (凛として時雨)



※以下敬称略で書いていく



プロフィール



1980年7月18日生まれ、埼玉県越谷市出身である。
その越谷愛から市のページでインタビューまで受けている。

音もパフォーマンスも含め、『圧倒的にすごい!』と思われるドラマーであることが目標

凛として時雨は2002年結成だがピエール中野は2004年に脱退したドラマーの代わりとして正式に加入したという経緯である。

初期メンバーじゃなかったのは知らなかった。

凛として時雨といえばやはりフロントマンであるTKの個性が圧倒的に前に出ているのだが、それを支えているピエール中野のドラムと345のベースも欠くことのできないものである。






ドラマーとしてのスキルの高さなどからサポートやレコーディングのドラマーとしてあちこちからオファーを受けている。

もちろんドラマーとしての腕前が第一だろうが、それプラス人柄の良さもあるだろう。

YouTubeにアップされている「ぷらナタ」という番組(WOWOWとナタリーの共同番組)のMCをやっているが、個人的にドレスコーズの志磨遼平さんがゲストで出た回がとても好きで先日も見返していた。





志磨さんもピエール中野も人柄の良さが滲み出ている。

そういった人柄もあちこちから仕事のオファーがくる要因だろう。










遅すぎる気付き




そうは言っても僕はそんなに熱心に凛として時雨をちゃんと聴いてはいなかった。むしろ友人のが熱心であった。
でも一度だけライヴを見たことがあって、それはテレ朝ドリームフェスティバルである。

以前にも書いたが、ポルノグラフィティがトリを飾った日だったんだけど、flumpool、凛として時雨、星野源、サカナクション、斉藤和義、ポルノグラフィティという今考えてもとんでないラインナップの日であった。

この並びを見ても分かるように凛として時雨はかなり異質な存在であったが、本当に素晴らしいライヴだったと思う。


当時は気付かなかったのだが、後々にちょっとずつ音楽的な知識が増えてくると、この人ドラムめちゃくちゃ上手いと気付いた。数年後くらいに。遅すぎる。


キッカケはMETROCK(メトロック)の映像であった。といっても凛として時雨としてではなく、DJとして登場したピエール中野を見たことがキッカケである。
やたらと前髪を気にしながらアイドルソングやヒット曲をプレイする姿に興味を持った。


凛として時雨もちょくちょく聴いているけど、その後に星野源の曲にゲスト参加したりして、そこであらためてドラマーとして凄い人なんだ!という認識をした。
ようやくである。

サポートドラムの中では星野源の"Crazy Crazy"のドラムとかドレスコーズの"人間ビデオ"のドラムなんて好きだなぁと思う。









エゴサの鬼



最後に1つ記事を紹介したい。

というかこの記事読んだことがこれを書くキッカケとなったのだけど。

「自分の登る山を見つける」ピエール中野のキャリア構築論

Work Switchは主に働き方についての記事が掲載されている。
尊敬している青年失業家ことライターの田中泰延さんかコラムを寄せたことでこのサイトを知った。

この記事がとても面白くて、ピエール中野という人間にさらに興味を持ったのだ。


好きな事をしっかりと続けられて。バンドマンとして「求められる人でありたい」と常に思っていて、今のところそれは続けられているので。


この言葉に全てが表れてると思う。


ドラマーとしてのキャリアを築き上げてきた経緯、ピエール瀧との関係、Twitterのフォローが凄すぎる話、これからの展望なんかを主に語っている。
特にピエール瀧とのエピソードが面白すぎる。電気グルーヴも大好きな自分にはこういうエピソード本当に弱い。めちゃ笑った。






Twitter本当に凄いよね。自分でこの記事のこと書いたら15分しないくらいで本人からお気に入り登録とフォローの通知がきた。「エゴサの鬼」は伊達ではない。
ちなみにインタビュー時点で22万人のフォロワーであったが、現在はすでに23万人になっている。


ドラムに関する語彙力の無さがたたり、ドラマーとしての凄さを語れていない気がして申し訳ない。


【関連記事…?】

ドレスコーズビギナーがアルバム「平凡」を聴いた感想と志磨遼平の魅力
【感想】星野源『いのちの車窓から』 アンチにだって読んで欲しい一冊
【ハマケン】浜野謙太という才能、SAKEROCKは星野源だけじゃない













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2017年4月18日火曜日

【感想】星野源『いのちの車窓から』 アンチにだって読んで欲しい一冊






星野源のエッセイ集『いのちの車窓から』を読んだ。
雑誌『ダ・ヴィンチ』の連載をまとめたものである。


星野源好きとして感想を書いていこうと思う。

連載ものだけに一編は短いし、全体の文量としてもそんなに多くないエッセイなので、サクッと読める。
だけど、自分は一編一編をじっくりと読んでいった。好きなエッセイはそうやって読んでしまう。


星野源『いのちの車窓から』感想








星野源という人




まず、はじめに断りを入れておきたい。このエッセイは星野源好きはもとより、星野源のことをよく知らない、なんとなく最近よく見かけるけど、なんか人気だしあんまり好きじゃないという人にも読んで欲しい。

このエッセイではそんな星野源という人間の魅力が詰め込まれている。
売れたものに対してはほぼ相対的にアンチを生む。それは「自分には魅力が分からない」という気持ちから派生していることが多い。

このエッセイにはそんな人たちがもしかしたら星野源という人間を見返すようなものがあるのではないか、読んでてそう思ったのだ。


エッセイは他にも何冊か出ているんだけど"SUN"や"恋"、なんならガッキーの話題もあるので、最近知った人はこれが一番取っ付きやすいと思う。
でも他のも面白いので、これを気に入ったら是非違う本も手に取って欲しい。


星野源の文は特筆しているという点ない。自分を棚に上げて偉そうなことを書いてしまったが、僕は地獄に堕ちるので許して欲しい。
星野源の文章はとにかく淡々とリズムが安定しているのだ。

何故か、自分が星野源を好きになった理由がこの文章の随所に表れているからだ。

それは「日常」を切り取る目線である。



何気ない日々




僕がエッセイを好きな理由は、書き手にとって世界はどう見えているのかを垣間見ることができるからである。

たとえば同じ景色でも抱く感情は千差万別である。

「この人にはこうやって見えているのか!」という驚きと発見が詰まっているからこそ、僕はエッセイを読むのが好きなのである。

同様に自分が今後も経験しないであろう事象を文章の上で体感できるという点もある。

最近の歌詞は別のベクトルになってしまったが、星野源がソロデビューしてしばらくは日々の生活を歌った曲が多かった。

たとえば"ステップ"の

両手の花を 君の側に生けよう
願う また来る 待ち合わせはここで
大手振って 帰る


たとえば"キッチン"の

いつかなにも なかったかのような顔で
飯を食べて 幸せなどとほざくだろう


とか好き。

何を言いたいかというと、このエッセイ集には今は少なくなった星野源の"日常"を描いた歌詞を感じることができたのだ。








"日常"



例を出すと「ある夜の作曲」という編。

作曲の合間、深夜3時に入った行きつけの立ち食い蕎麦屋。
そこで起きたいつもとは違う"日常"。

いつものおじさんがいなくて、いつも掛かっている演歌ではなくアメリカのオールディーズのポップスが流れている。

とても些細な出来事だけど、読み終えて不思議と心が残る。

まったく同じ経験はなくとも、似たような感覚になった経験はないだろうか。
繰り返される日常の中のちょっとした変化。優れたエッセイを書く人はそのアンテナがとても鋭い。


これは"日常"のエピソードであるが、『いのちの車窓から』には「非日常が日常になること」も書かれている。
紅白に出ること、新垣結衣と競演すること、大泉洋。


ものすごく個人的なことなのだが、大泉洋のエピソードを読んで驚いた。

内容は大泉洋との関わりから、紅白での大泉洋とのエピソードで終わる。
星野源は歌い終わったステージから審査員席を見るそこには


『椅子から飛び上がり、目をキラキラさせながら全力で拍手をしてくれた。』

そんな大泉洋が目に映っていた。


僕は知っている。この時の大泉洋の気持ちを。


なにかというと、この回を読む前日、僕は「おにぎりあたためますか」を見ていた。
スカパー!のテレ朝チャンネルで放送しているのだが、スカパー!では本放送の1年遅れで放送されている。

その回の最後に大泉洋が紅白に審査員で出演した際のエピソードを話していたのだ。
内容はずっと審査員席から紅白を見ていると"歌いたくなる"そうだ。その中で「星野源ちゃんとかが歌ってるんですよ」とも言っている。

嘘みたいなタイミングでステージと審査員席が繋がった。
まさに昨日の今日というタイミングだったので、驚いてしまった。


話が脱線して長くなってきたのでそろそろ終わる。

とにかく、このエッセイにはそんな様々な"日常"が書かれている。

連載も続いているし、あとがきからも2巻以降の発売も間違いないだろう(そもそも背表紙にも""ってばっちり描いてある)


あらためて書くが星野源を好きな人だけでなく、様々な人に読んで欲しいエッセイだった。
まぁ発売数日で買った僕のがもう再販になってるくらいだし、僕の余計なお節介だろうか。









【関連記事】
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2017年4月16日日曜日

アゲハ蝶歌詞解釈~夏の夜に咲いたアゲハ蝶






音楽好きをしていると大抵1曲は「人生を変える1曲」と出逢う。


自分にとってそれがポルノグラフィティの"アゲハ蝶"である。
中学時代に初めて聴いて、その後の人生を運命づけてしまった曲である。


"アゲハ蝶"の素晴らしさは挙げると枚挙に暇がない。
その中で今回は歌詞について、掘り下げてみたいと思う。



ポルノグラフィティ"アゲハ蝶"歌詞解釈







アゲハ蝶の"行間"



なぜ突然そう思ったかというと晴一さんの著作であるエッセイ集「自宅にて」を読み返したからだ。







その中で"アゲハ蝶"の歌詞について書いている箇所がある。

少し抜粋する。


そして今回の「アゲハ蝶」。「アポロ」とは違う創り方だった。"行間"を感じて欲しいって。むしろ言葉にできることも"行間"に託して、聴き手が自由に広げてくれたらいいって。



シングルでありながら、しっかりと行間も含ませることのできるようになってきた時期だからこそこの"アゲハ蝶"は生まれたのだ。

それを表すように歌詞では

詩人がたったひとひらの言の葉に込めた 意味をついに知ることはない

と歌われる。


上でも触れているが晴一さんは「歌詞については個人の解釈に任せる」というスタンスの人である。
だからこそ今まで僕はあれこれ書いてきたんだけど。


その上、晴一さんの歌詞には行間を読み取りたくなるような魅力が秘められている。

では具体的に歌詞を見ていこう。








旅人








主人公は旅人に問いかける。
この旅人はその後で自分自身だということが判るのだが、その問いかけは、


「どこまで行くのか」
「いつになれば終えるのか」


というものである。

「終える」という言葉にもあるように、主人公は自分自身の行く末を見定められていない。

そんな中で"アゲハ蝶"と出逢う。


主人公と"アゲハ蝶"は対象的である。
宛もなく道を歩いている主人公、一方"アゲハ蝶"は自由に空で舞い遊んでいる。


後に晴一さんは"メリッサ"を書くことになるのだが、そこでも「地を這うばかりの俺」と「宙に舞うメリッサの葉」を対比させている。それにも近いと思う。


蝶は風水的に「美」や「喜び」を表す。
そして、もう1つ「生まれかわり」という意味もある。

主人公が"アゲハ蝶"に惹かれるのは、自分にはないものを"アゲハ蝶"が持っているからである。
だからこそ、主人公は"アゲハ蝶"に魅了されるのだ。



詩人



2番に出てくる詩人は何を表しているだろうか。

詩というものは限られた文字数に想いをこめる。
先にも挙げたように、そこに"行間"があるのだ。

2000年以降、歌詞の行間を読み取るような曲が減ってきた、とはよく言われることである。
想いを表面化させて、読み取るではなくて直接感じさせる歌詞だ。


この歌詞は「込めた想いが上手く伝わらない」ということを示している。だが、同時に「詩(歌詞)を表面的にしか受け取ってくれない」という書き手の心情も込められてはいないだろうか。


表面の先、行間にまで込められた想いが伝わらないという葛藤である。


詩(詞)を書くものとしての葛藤はその少しあとにカップリングとして世に出る"TVスター"で更に色濃く描かれている。歌詞を抜粋すると、


君だけの歌は今
CDショップに並んでる


一人部屋で書いた
白い紙に書いた
言葉が街に舞い散る
気付いてくれるといいな


と表現されている。
できればフルで聴いてほしい。


晴一さんは2009年に発売したシングル曲"この胸を、愛を射よ"辺りからシンプルな言葉を使った歌詞を書くことを意識する機会が増えた。
もちろん全てではないが。

そこに意識がシフトしたのは、こういった側面を感じたのかもしれない。


2番のサビは人気が高いフレーズだが、この部分は晴一さんとしては「サービス的に書いた」歌詞であるという。どこで言った発言か失念してしまったが。カフェイレだったかな。
そこばかりが注目されてちょっと悲しいというようなニュアンスの発言だったように聞こえたのを覚えている。


エッセイでも書いているが、シングル曲はサビの頭数秒で心を掴むようなものを目指しているという。
"アゲハ蝶"はサビではそういった"キャッチー"さを強めた歌詞だけど、メロ部分は比較的しっかり読み込んでいくような歌詞というバランス感覚だと思う。



夜の蝶



最後のサビ。これこそが"アゲハ蝶"の歌詞の世界を紐解く上で重要なものである。

歌詞の最初で「夏の夜の真ん中 月の下」とあること、そしてそこに"咲いた"アゲハ蝶。

つまり"夜の蝶"である。


「夜の蝶」という映画がある。1957年に公開された映画で、吉村公三郎が監督である。





この作品は銀座の酒場に生きる女性、つまり水商売の女性を描いた作品である。
ここまで書いたが、僕はこの作品を見たことがなくてWikipediaの受け売りである。


しかし、手の届かぬ存在、愛されたいと願っても叶わないこと、バンドが売れて晴一さんも経験したであろう夜の世界。
ふざけた解釈と取るかもしれないが、自分としてはわりと真面目に考えている。


「冷たい水をください」はチェイサーではないか。
すまない。こちらはふざけた。


さて、蝶は花から花へ蜜を吸うため飛び回る。
そしてその身体には花粉が付いている。

羽ばたいた蝶はその花粉を撒き散らしはしないだろうか。


最後に余談だが"アゲハ蝶"は昔、漫画化されたことがある。
その作品の主人公は中年の父親であり、歌詞のアゲハ蝶は娘の友達たいう際どい設定で、ファンからそれはそれは大層な批判を受けていた。


☆歌詞解釈シリーズ











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